ハートを揺さぶるロマンチックな結末で終わった第4話を受け、思い出に残るエピソードが満載の第5話。
ヒロインの恋敵や、北朝鮮に潜入している韓国人詐欺師の男との鉢合わせシーンもあり、韓国ドラマの典型パターンである「男女四角関係」が完成しつつある、中身の濃い80分となっている。

その思い出エピソードを絡めながら、今回は本作の主役、北朝鮮将校リ・ジョンヒョクを演じるヒョンビンの主演ドラマについても紹介したい。

思い出エピソードその1「朝帰り、缶ビールの38度線」

日本のドラマは、会話だけが長く続くシーンがあまりない。
最近では日テレの『俺の話は長い』で、生田斗真、小池栄子、清原果耶、安田顕、原田美枝子の五人が食卓を囲んでノンストップで他愛もない会話を続ける長尺シーンが何度かあったが、これは役者陣の力量あってこそ。他のドラマは概ね、視聴者が飽きてチャンネルを替えられることを心配してか、分単位で状況が展開し続ける。
この『愛の不時着』第5話の見どころのひとつが、空から不時着した韓国女性ユン・セリ(ソン・イェジン)が潜伏する北朝鮮の村のおばさんたちに夜中に押し掛けられ、缶ビールと干し鱈で飲み会をするシーンだ。これがやたら長い。でも、楽しくて、飽きない。
このドラマを全話見る時間が到底ないという方は、この第5話の冒頭から、おばさん飲み会が終わる前半30分くらいまでを、試しにご覧いただくのはどうだろう。何の予備知識がなくても、これだけでかなり楽しめる。

建前上は、セリは極秘任務で南に潜入していたから韓国文化に詳しい北朝鮮人。実際には韓国で上場企業を立ち上げた財閥の娘。そんなビジネスウーマンが北朝鮮のおばさんたちの懐に入ろうとする、絶妙なテクニックが垣間見える。いっぽう、ある意味おばさんたちをダマしている彼女の心の奥底に、この飲み話が忘れられない思い出として刻み込まれていることを感じさせるような造りが、このドラマの名作たる所以でもある。2018年のソン・イェジン主演ドラマ『よくおごってくれる綺麗なお姉さん』でヒロインの親友役を務めたチャン・ソヨンが、今回は北朝鮮おばさん組の中に紛れているのも楽しい。

おばさんたちが帰ったあとも飲み続けたセリの前に、空っぽの缶ビールが立ち並ぶ。その缶の列を、朝帰りしたジョンヒョク(ヒョンビン)が足を踏み入れてはいけない38度線に例えているのも面白い。

ここでちょっと脱線するが、今回の主役を演ずるヒョンビンが主演した別のドラマを紹介したい。と言うのも、この『愛の不時着』のなかにブレンドされた小ネタに、ヒョンビン主演作『私の名前はキム・サムスン』と共通するものを(意図的がどうかはわからないが)感じるからだ。

ヒョンビン代表作『私の名前はキム・サムスン』

この『愛の不時着』でヒョンビンに初めて出逢い、彼のカッコよさに惚れ込んでこの過去のドラマに辿り着く人もいるかも知れない。しかし、こちらのヒョンビンは、そこまでカッコよくはないので、期待外れに感じるファンもいるのはないだろうか。何しろ相手役のキム・ソナの体当たり演技が抜きん出ていて『愛の不時着』ほど主演の二人が拮抗していないからだ。それでも、このドラマは、インパクトある冒頭シーンから最終話の結びまで、とてもセンスよく造られている名作中の名作である。

この『私の名前はキム・サムスン』のなかで「サムスン」という名前は女の子らしくないダサい名前として描かれている。カッコ悪い女性が、ヒョンビン演じるレストランのオーナーのハートを射止めるラブコメディだ。『愛の不時着』では、セリが村のおばさんたちに名前を聞かれ、咄嗟に「サムスクです」と答えるが、妙に音感が似ている。「サムスク」も似たような印象のカッコ悪い名前なのかも知れない。

『私の名前はキム・サムスン』の第6話には、見応えのある長尺シーンがある。ピアノを前にして、主役の二人が他愛ない思い出話をするのだが、日本のドラマだったら途中でCMが2本入るくらい長い。その会話のなかで、ゆっくりと愛が芽生えてくる流れを描いた名場面だ。

実は『愛の不時着』でも、ピアノが重要な役割を果たしている。ここでも二つのドラマが何かの縁で繋がっているように感じる。

ヒョンビン代表作『シークレット・ガーデン』

もうひとつ、こちらの作品もヒョンビンがそれほどカッコよくはない。男女が入れ替わるストーリーだから『愛の不時着』のような勇ましい姿はほとんど見ることができないからだ。ヒョンビンは、金持ちの御曹司であり、大手百貨店の経営者で、住んでいる家がとてもおしゃれ。ハ・ジウォン演じる相手役は、修行中のアクション女優。ふとしたことで二人の魂が入れ替わってしまい、さあ大変、というコメディだ。ヒョンビンの従兄弟のシンガーを演じたユ・サンヒョンや、アクション監督役のイ・フィリップの存在感もすばらしく、かなり楽しめる作品だ。

思い出エピソードその2「僕が最後では?」

さて、話を『愛の不時着』に戻す。ユン・セリは、いつかは南に帰る女として描かれている。しかし、第3話では脱北に失敗したし、監視の手が及びつつあるなか、帰れるのかどうかは、この第5話の段階では全くわからない。ただ、このドラマのせつなさのひとつが、もし南に帰ってしまったら、セリによくしてくれた北の人たちには、おそらく一生逢えないことだ。まずは、先ほどの村のおばさん衆。そして、ジョンヒョクの部下である個性的な北朝鮮兵士4人組だ。このドラマが、ほのぼのした、常に笑いの絶えない作品に仕上がっているのは彼らの存在によるところが大きい。この4人のなかでは、末っ子的な役柄のクム・ウンドン(タン・ジュンサン)は、存在としては最も静かだったが、彼の見せ場がこの第5話でやってくる。

保衛部の少佐チョ・チョルガン(オ・マンソク)が、セリの存在に疑いを持ち、兵士4人組を連行して、ひとりひとりを拷問にかけ、真相を吐かせようとする。

口を割らない末っ子のグァンボムの一言「僕が最後では?」が、グッとくる。
年上の上官たち3人が先に尋問されたはず。それなのに何の情報も得られてないなら「僕も知りません」と答えるのだ。
長丁場のドラマのなかで、そんなに派手なシーンではないのだが、確実に心に刻まれる場面だ。

思い出エピソードその3「私の人生は乗り間違えの連続」

この第5話後半で記憶に残るのは、列車が止まってしまって、ジョンヒョクとセリの二人が焚き火をしながら夜を過ごす場面。これも会話だけの長尺シーンだ。
ジョンヒョクは、世界的なピアニストだった。ところが自分の兄が不慮の死を遂げたために、その陰謀を暴くべく軍人になった。セリはまだ、その詳しい経緯は知らない。ただ、不慮の事故で38度線を越えてしまったセリが、焚き火を前に、間違った電車が時には目的地に自分を運んでくれるんだ、という例えを語る。お互いに乗り間違えたと思った電車が自分たち二人を運んだ先が、この出逢いだったことを暗示している名場面である。

第6話へ

ジョンヒョクの正式な婚約者、ソ・ダン(ソ・ジヘ)とセリの鉢合わせシーンで始まった第5話は、北朝鮮に潜伏する韓国人ク・ジュンスン(キム・ジョンヒョン)が「本格参戦」することで幕を閉じる。これで「男女四角関係」の4人全員がお互いに面識のある仲となった。過去にセリとも因縁の関係にあったこのお調子者キャラは、今後の波乱を巻き起こす台風の目となりそうだ。

P.S.

ソ・ダンの着ている派手なブラウスが可愛い。

基本情報: 『愛の不時着』

  • タイトル: 『愛の不時着』
  • 配信: NETFLIX
  • 脚本: パク・ジウン…『星から来たあなた』『逆転の女王』
  • 出演: 
    • ソン・イェジン…映画『私の頭の中の消しゴム』ドラマ『よくおごってくれる綺麗なお姉さん』
    • ヒョンビン…ドラマ『私の名前はキム・サムスン』『シークレット・ガーデン』『アルハンブラ宮殿の思い出』