前週の戦時中に続き、この第5週は戦後間もない混迷する日本が舞台。街中で知人に会うと、お互い生きていたことを喜びあう、そんなシーンも散りばめられていた。

クローズアップされたのは個人のアイデンティティ(存在意義)。

地獄のような戦地から帰還した者、焼け出された者、家族の消息が不明な者、多くの人々が絶望の淵に追いやられ、自分の居場所を見つけられないままでいる。
闇市で大儲けする勝ち組と、家族や家を失って路頭に迷う負け組にはっきり分かれた世の中。

家が焼けてしまった福子(安藤サクラ)、萬平(長谷川博己)、と福子の母・鈴(松坂慶子)は、福子の姉・香田克子(松下奈緒)の家に身を寄せる。
克子は、4人の子供を連れて疎開先から帰ったが、夫・忠彦(要潤)は、戦地に行ったまま消息不明だった。

後にインスタントラーメンを世に出すはずの発明家・立花萬平(長谷川博己)は、まだ何をすべきかを見つけることができないでいる。
ただ、街の人々が自分を証明できるものがないことを知り、ハンコ屋を始めることを思いつく。
何だ、ラーメンはまだなのか、と思うが、それはもっと先の話のようだ。
まず、そのハンコ屋ビジネスは大ヒット。
しかも、ハンコは、この週のテーマである個人のアイデンティティのメタファーともなっていた。

さて今週、最もたくましくアイデンティティを誇示していたのが、火曜日に放映された第26話で久々に登場した浪速の営業マン、世良勝夫(桐谷健太)だ。

自分の着物は売らないと言っていた鈴だが、金策が底をついたことを悟り、ついに売る決心をする。
高級な着物なのに安く買い叩かれそうになっていたところ、ひょっこり世良が現れる。彼は着物に対しても目利きで、闇市の商人の言った値段よりもずっと高い価格で鈴の着物を買い取る。
ところが、世良は、それを誰かに3倍の値段で売ると言う。
不公平じゃないですか、と言った鈴に対して返す世良の長ゼリフが、今週のひとつのクライマックスとも言える。

戦死した者もいるし、生きて帰って来れた者もいる。
たらふく食べている者もいるし、飢えている者もいる。
今の世の中は不公平そのものなので、それに文句を言ってどうするんだ。

そのように述べたあと、立ち去る前に背を向けて「はよ出てこい、発明家の立花くん」という一言が重く響いた。

そんな世良と対極にあったのが、かつて世良と同じバリバリの営業マンだった加地谷圭介(片岡愛之助)。
萬平が憲兵に連行され、拷問された原因をつくった張本人だ。
街で彼を見つけた福子は憤慨する。
だが、かつての加地谷の面影はなく、憲兵隊から逃げ回って焦燥し、今はアイデンティティを完全に見失っていた。
その姿を見た萬平は、福子を説き伏せて一旦その場を立ち去るが、後日、あるメッセージとともに、自分を陥れた加地谷に贈り物をする。
その贈り物は、お金ではないが、今の加地谷にとって最も必要なものだった。
それが何かがわかった金曜日の第29話も、この週のひとつのクライマックスだった。

そしてこの週は、3人の帰還兵が登場する。

1人目はその後、萬平に頼まれて加地谷のもとにメッセージと贈り物を届けることになる神部茂(瀬戸康史)と言う人物。
彼は、儲かっているハンコ屋の後をつけて克子の家をつきとめ、夜中に泥棒に入るというとんでもない登場のしかたをする。
戦地に赴くことがなかった萬平は、彼が朝鮮から戻った帰還兵であり、母を失って天涯孤独になったことを聞いて引け目を感じる。
神部は、実は大阪帝大卒のインテリで、子供たちに勉強を教える役割をもらえたこともあり、ありえない話でもあるが、この家に居候をすることになる。

このあと彼は、萬平が起こすビジネスの片腕となる人物なのかも知れない。

そして、真夜中にまたしても「泥棒」が入る。
侵入者を発見してあわてた鈴の前にいたのは、フィリピンからやっと帰還した克子の夫で画家の香田忠彦(要潤)だった。
彼は不幸にも戦地で照明灯の光を浴びて眼をやられ、色の見分けがつかなくなっていた。
画家にとっては致命的で、一時は絵を描くことをあきらめていたが、やはり自分のアイデンティティは画家であるという気持ちが捨てられず、描き始める。
福子は、今は食べるためにハンコ屋をやっているけれど、私の旦那は発明家でみんながびっくりするものを作るんだと、萬平が自分のアイデンティティを掴むための後押しをする。

そして最後に帰ってきたのが、今は亡き福子の姉・咲(内田有紀)の夫、小野塚真一(大谷亮平)だった。
彼は戦地での悲惨な戦いに参加していたが、何とか生き残ったことを報告し、みんなの前で明るく振舞う。
しかし、咲の入院中に病室の中で桜が見えるように、と忠彦が描いてくれた桜の絵を受け取りにアトリエを訪れたときに、絵の前で号泣する。
戦地の地獄を見てきた男同士しかわかり得ない、人に言えない何かが彼らの脳裏の奥底に刻み込まれていたことを伝えるシーンだった。

そして、萬平は、屋台のラーメン屋でまた世良と会い、大阪の南方、泉大津にある軍の工場跡地を貸してくれる不動産屋がいる、という情報を聞く。
新天地としてその場所に賭けてみようと決意した夫婦は、香田家を出ることをみんなに伝える。
そこに、元泥棒の神部、そして母の鈴もついて行くことになり、第6週に繋がる。

来週は塩を造るようだ。

P.S.
日清食品の創業者、安藤百福がモデルになっているが、長谷川博己の演じている実直な発明家と違って実業家の側面、すなわち世良のようなキャラクターも持ち合わせていたようだ。
はんこ屋は、おそらくこのドラマ専用に創作されたエピソードのようだが、来週予定されている塩の製造は事実らしい。

今から観るには:『まんぷく』

基本情報:NHK連続テレビ小説『まんぷく』第5週「信じるんです!」

  • タイトル まんぷく
  • チャンネル NHK総合
  • 番組公式サイトトップあらすじ人物相関図
  • 放送日時 2018年10月29日(月)〜11月3日(土)、8:00〜8:15
  • 出演
    • 今井福子:安藤サクラ
    • 立花萬平:長谷川博己
    • 今井鈴(福子の母):松坂慶子
    • 今井咲(福子の長姉):内田有紀
    • 小野塚真一(咲の夫):大谷亮平
    • 香田克子(福子の姉):松下奈緒
    • 香田忠彦(克子の夫、画家):要潤
    • 加地谷圭介(元・理創工作社の共同経営者):片岡愛之助
    • 世良勝夫(野心家の営業マン):桐谷健太
    • 牧善之介(歯科医):浜野謙太
    • 保科恵(福子が働いていたホテルのフロント係):橋本マナミ
    • 鹿野敏子(福子の親友):松井玲奈
    • 池上ハナ(福子の親友):呉城久美
    • 神部茂(帰還兵):瀬戸康史
    • 語り:芦田愛菜
  • 主題歌:DREAMS COME TRUE 「あなたとトゥラッタッタ♪」