音楽の教科書に載っていたはずだが、その記憶も曖昧な「ハチャトリアン」という人。この作曲家の代表作「剣の舞」をバックに、綾瀬はるかが少女に向かって名刺を差し出すシーンが盛んにオンエアされていた。フルオーケストラで演奏するクラシック音楽としては、かなりせわしない、あの曲だ。

そして、そのドラマのタイトルは、義母と娘のブルース。「ブルース」と聞くと、五木ひろしの「夜明けのブルース」に代表される、カラオケスナックで歌われるような楽曲を思い浮かべてしまう。ただ、引退間近となった安室奈美恵のバラード「SWEET 19 BLUES」がそうであるように、日本では音楽ジャンルにかかわらず「哀しい歌」のタイトルとして使われている言葉だ。

そう、このドラマは「哀しい話」なのだ。
原作は同名の4コマ漫画である。

予告編を見て、だいたい話の予想はつく。

仕事一筋に生きてきたキャリアウーマンが、父子家庭に嫁ぎ、ビジネスと全く同じ手法で娘にアプローチするが嫌われる。最初は相手にされないが、だんだんと娘が心を開いていき、最後はハッピーな家庭を築くんだろう。
そんなストーリーが頭に浮かびそうだが、実際はそんな簡単な話でもない。

いざ第1話が始まってみると、2009年4月、と表示される。そして、ナレーションは、綾瀬はるかの声ではない。自転車に乗っている女の子の将来の声のようだ。
そう、この第1話は、この「哀しい話」の出発点となった過去の話である。名刺のシーンは、序章でしかない。

さて、その2009年の春、小学生の女の子・宮本みゆき (横溝菜帆)が、ひとりで自転車を漕げるように練習をしている。それを父・宮本良一(竹野内豊)が見守っている。この家庭では、みゆきの実の母であり、良一の妻だった宮本愛(奥山佳恵)は2年前に亡くなっており、そのあとは父娘ふたりで暮らしているのだ。

その場に、紺のスーツ姿の女性・岩木亜希子(綾瀬はるか)が現れる。みゆきは良一から突然「この人が新しいお母さんだ」と紹介される。そして「私、こういう者でございます」と言う名刺のシーンになる。

母が亡くなってから、まだ2年しか経っていない。にもかからわず、事前の相談もなしに、父は新しい母を決めてしまった。
みゆきにとって、それだけでも抵抗があるのに、自分の義母となると突然告げられた相手がこれでは、拒絶反応が出て当然である。

しかし、この岩木亜希子という女性は、娘となる小学生をも「クライアント=顧客」と位置づけ、これまで培ってきたビジネス論だけで、相手から「受注」をもぎ取ろうとする。成功のためには手段を選ばず、汚い手も平気で使って結果を出してきた彼女は、おぞましいことに、みゆきが心を許している不動産屋のおばさん・下山かずこ(麻生祐未)が突破口になると知ると、とても褒められた方法とは言えない反則技を使ってしまう。ちょっと人格を疑ってしまうが、2009年のリーマンショック後のビジネスの世界は、いかに正しいことをするかではなく、いかに生き残るかが最優先だった時代だったかも知れない。
下山かずこという突破口を破ったことがきっかけとなって、亜希子のゴリ押し営業は一定の「成功」をおさめ始める。
ただ、亜希子は、最後にちょっと余計な行動に出て、第1話の終了となる。

最終シーンは、原作の漫画でも名物場面なのかも知れないが、そこまでリスペクトして扱う必要があったのか疑問でもある。

ビジネスの世界だけに生きてきたので、プライベートな場面での人への接し方が全くわからず、初対面の子供に名刺や履歴書を渡してしまうような人。
そして、うまく行かないと、子供雑誌を買ってリサーチをしてしまうような人。
そして、喜ばせようとしてやっているのかも知れないが、ドン引きしてしまう、最後の場面での行動。

仕事はバリバリできるけど、それ以外は不器用な人なんだろうな、と微笑ましく映ればいいのだが、なんだか第1話の亜希子は、エクセントリック過ぎる印象を受けた。ドラマ「家売るオンナ」の三軒家万智(北川景子)や、「Missデビル 人事の悪魔・椿眞子」の菜々緒のように、本音を一切語らず、喜怒哀楽をオモテに出さずにドライに行動する人物像が基本になっているものの、そこが強烈すぎて「不器用」な側面が笑えないのだ。
人間くさい竹野内豊との対比でこうしているのか?それとも後からコロッと化けるためにわざとロボットみたいな演技に終始しているのか?

なかんずく、父親(宮本良一)役の竹野内豊は、好演である。
自販機で7777が連続して出るような小さな奇跡に対して敏感で、亜希子とみゆきの最初の出会いが失敗したことに対しては困っていても過剰に悲観的ではない。この愛すべきキャラクターをナチュラルに演じ切っている。
その良一は、業界トップである亜希子の勤務先に比べてずっと小さい同業他社に務めているが、亜希子ほどエース級の人材ではない。
愛し合っているようにも見えず、なぜ不釣り合いなふたりが結婚にまで至ったのかは、第1話では謎のままである。

もうひとり、亜希子の会社に出入りしているバイク便の配達人、麦田章(佐藤健)という存在。予告番組では重要人物としてクローズアップされていたが、第1話では、この家族との直接のやりとりはなく、おそらく後になって、かかわりを見せるものと思われる。

続く第2話でいきなり時空が飛んでしまうのか、引き続き2009年のまま亜希子が家族になろうとする努力を描くのかも、楽しみなところである。

P.S.
オープニングシーンの「2009年」を見落としてしまうと、竹野内豊ばかりでなく、世界を飛び回る営業部長の綾瀬はるかまでガラケーを使っている理由がわからないかも知れない。

基本情報:TBS火曜ドラマ「義母と娘のブルース」第1話 – 綾瀬はるか 竹野内豊 出演

今から観るには:「義母と娘のブルース」