この夏、少し遅れてひっそりと始まった印象のドラマだったが、この第3話で、これは今季の最高傑作ではないかと感じさせるような手応えのある体験をさせてくれた。
これまで静かに進んできた凪(黒木華)と、隣人ゴン(中村倫也)との関係の急展開に、どうしても目を奪われてしまうが、今回はそれ以外にも次のようなさまざまな比喩を使いながら、多くの気づきを呼び起こしてくれた。
ボクシング
第2話までは、会社を辞めて、彼氏とも連絡を断ち、郊外の安アパートに移り住んだ凪が、ゆっくりと自分を取り戻していく過程が描かれてきた。
まわりの空気を読んで、本意でないことを受け入れてきた彼女が、イヤなことはイヤ、ときっぱり言えるようになったのだ。
この第3話では、その進化形として、ボクシングをメタファーとしながら凪がイヤな相手をノックアウトするシーンが2回もある。
最初に打ちのめす相手は、前職で凪をいいように扱ってきた元同僚の足立心(あだちこころ、=瀧内公美)だった。鮮やかにキマった。
映像のなかでボクシングのリングやラウンドガールを使っていたほか、凪の着ているTシャツに、カシアス・クレイ(のちのモハメド・アリ)を使うなど、演出も凝っていた。
そしてまさかの二発目は、映像にはボクシングの要素はないものの、会社のエースで元カレの我聞慎二(がもんしんじ、=高橋一)に意外性のあるパンチを喰らわせる場面。前回、彼には平手打ちをお見舞いした凪だが、今回の淡々とした言葉による一撃は、もっと強くキマった。
そして、この一言が届けてくれたメッセージは、ずしりと重い。
婚活の際に、どうしても相手のスペック(年収)を気にするだろう。
愛があればお金なんかなくてもよい、というのは綺麗ごとだ。
生活できなきゃ意味がない。
…という正論をも、このドラマ(そして原作の漫画)は、鮮やかにノックアウトしてみせる。
人は、人でなく、実は人のスペックに恋をすることがある。
それは恋ではなくて、その好条件に自分が乗っかっているだけだろう。
逆方向に泳ぐイワシ
ドラマのなかで、安アパート「エレガンスパレス」の住人たちが、お金のかからない食材を一工夫して美味しくするアイデアを披露するシーンが多く散りばめられている。
今回はイワシのフリッター。
これが、多くの人がこだわっている「年収」など多くなくても、豊かな生活ができるというメッセージにもなっている。
お金がないと生活できない、のではなくて、お金がないと贅沢できないだけなのだ。
慎二が凪にその昔「庶民の喰いもんじゃん」と言い放ったイワシだが、もしイワシという魚の値段が高ければ、同じ味でも人々のなかでは高級魚になる。
そして、その過去の会話のシーンでは、水族館でイワシの群れが同じ方向に泳いでいる。
空気を読んで、人に合わせる人たちは、このイワシたちと同じ。
ただ、そのなかで一匹だけ逆方向に泳いでいるイワシがいた。
それが、ふだん空気を読んで、みんなと同じ方向に泳いでいた凪の、心の声を表現していた。
屈折したイワシ
第2話までは、慎二のキャラクターが定まらなかった印象があった。
身勝手で自信満々で、凪をモノのように扱ってきたゲス野郎だが、スナック「バブル」に行くと、凪への強い思いが捨てられないセンチメンタルな側面を見せる。
これだけのハイスペ男なら、貧乏くさい昔の女は忘れて、他の女と遊べばいいだろう。なぜあんなにも邪険に扱ってきた女性に対する気持ちを捨てきれないのか。
実は慎二は、空気を自分でつくるような図太さを持ちながら、いっぽうでは彼もイワシの群れのなかの一匹だった。逆方向に泳ごうとするイワシに共感する凪よりも闇の深い、屈折した存在。この第3話では、親族の結婚式に出席してその場を取り繕うシーンで、それがくっきりと表現されている。
カオスな要素が複雑に入り混じった役柄を、高橋一生が見事に演じきっている。
川
対極的に、隣人のゴンを演じる中村倫也の、抑制の効いたキャラクターが、慎二とのよいコントラストになっている。
凪への好意を丸出しにはせず、無理強いもせず、フラっと現れてはシンプルに優しい言葉をかける彼に、凪の気持ちもじわじわ惹かれてきていた。ただ、近所に引っ越してきた龍子(市川実日子)が、凪の住む103号室と、ゴンの住む104号室の間は川で分断されている、と言う。
彼はクラブイベントのオーガナイザーで、部屋に出入りしているのも自由気ままな人たち。これまで凪が生きてきたのとは違う世界の象徴が、すぐ隣の104号室なのだ。
今回、慎二に強烈なパンチを浴びせたその足で、凪がその「川」を飛び越えてからの展開はあっと言う間だった。ただ、必ずしも「慎二」=別れるべき人、「ゴン」=一緒になるべき人、でもない含みを持たせたところで、第3話は幕を閉じた。
もしかしたら、慎二による大逆転の可能性も少しはあるのかも知れない。
P.S.
実は彼女、酒豪だったとは。
今から観るには:「凪のお暇」
- 最新話:民放公式テレビポータル「TVer(ティーバー)」(無料、次回のオンエア時刻まで)
- 全話:Paravi(パラビ) (月額1,017円、無料体験あり)
基本情報:TBSドラマ「凪のお暇(なぎのおいとま)」第3話
- チャンネル: TBS系
- 番組公式サイト: トップ|はじめに|あらすじ|人物相関図
- 番組公式ツイート: @nagino_oitoma
- 放送日時(第3話): 2019年8月2日(金)22:00〜22:54
- 出演:
- 大島凪(おおしまなぎ):黒木華
- 我聞慎二(がもんしんじ):高橋一生
- 安良城ゴン(あらしろごん):中村倫也
- 坂本龍子(さかもとりょうこ):市川実日子
- 足立心(あだちこころ):瀧内公美
- 江口真央(えぐちまお):大塚千弘
- 織部鈴(おりべすず):藤本泉
- エリィ:水谷果穂
- 市川円(いちかわまどか):唐田えりか
- 白石うらら(しらいしうらら):白鳥玉季
- 杏(あん):中田クルミ
- 小倉康明(おぐらやすあき):谷恭輔
- 井原亮(いはらりょう):田本清嵐
- ヤオアニ店員:ファーストサマーウイカ
- 大島夕(おおしまゆう):片平なぎさ
- スナック「バブル」のママ:武田真治
- 白石みすず(しらいしみすず):吉田羊
- 吉永緑(よしながみどり):三田佳子