このドラマは、1994年に出版された同名小説が元になっている。
最新の文庫本を手にすると、その当時のあとがきの後ろに、2013年に書かれた「20年後のあとがき」が追加されている。
そして、著者が小説の仕事で食べていくか、諦めてOLになるかを判断する分岐点になった作品であったことを知る。ちょっとホロっとする話だ。

あなたには帰る家がある

小説を原作にしたドラマや映画は、本を先に読んでしまうと、映像を見て期待はずれな印象を受けることもある。
文字だけで表現された内容を読者の想像力で補完した世界と、制作費と時間の制約のなかで映像化した世界の間にギャップが生じてしまうのは当然とも言える。文字では「雪が降る」ですむのに、映像では雪国にロケするか、雪を降らせる、という次元の違う手間がかかる。

そのため、この小説が先で、後からこのドラマを観ると、期待外れに思った人もいるのかも知れない。ただ、テレビのあとに小説を読んでみた印象としては、今回のドラマは、オリジナル小説の人物設定やストーリー運びの基本を取り入れながら、かなりクリエイティブに手を加えてある、相当な力作であると感じ取れる。

また、テレビを先に観たことで、本の活字を追いながら、佐藤秀明、佐藤真弓、茄子田太郎、茄子田綾子の言動を想像するときに、何となく玉木宏、中谷美紀、ユースケ・サンタマリア、木村多江の顔が浮かんでしまうのが面白いところだ。
24年前、山本文緒さんの目に浮かんでいたのは、その4人とはちょっと違った顔つきの人物だっただろう。

本サイトでは、テレビドラマのレビューとは言っても、あらすじを逐一記述するようなネタバレ満載の書き方はしていないが、今回は失礼ながら以下、オリジナルの小説のネタバレを少しすることをお許しいただきたい。

まず、ドラマでは、茄子田夫婦は、佐藤夫婦の目線から見たミステリアスな存在として最初のうちは描かれていたが、小説では冒頭から4人の立場は均等に描かれていて、1行空くごとに主役が入れ替わる。
ネットの文章は、ちょっとしたフレーズの区切りでも1行空けるのが普通だが、20年以上前の小説なので、1行空いた後は、全く別のシーンに移っている。
茄子田太郎の目線で書かれている場面から、1行の空白を経て、佐藤真由美の目線のシーンに移ったりする。

佐藤夫婦はとても若い。麗奈ちゃんは生まれてまだ1年なので、陸上の選手ではない。
真弓の再就職先は生保で、旅行代理店ではない。ただ、営業先のひとつに中学校があり、そこで茄子田太郎に出会う。
茄子田太郎はドラマ以上にイヤなやつ。女グセ悪過ぎ。
茄子田太郎の馴染みのスナックは小説の中にも出てくる。店の名前はレイナで、秀明の娘と同じ。

秀明は下戸。ただ、太郎に無理やり飲まされ、酔っ払って茄子田家のお世話になるシーンはある。
ドラマでは、第1話で秀明と綾子は「行くところまで行ってしまう」のだが、小説ではそういうことは、なかなか起こらない。ただ、ここで改めて感じるのは、ドラマの第1話で思い切ってあそこまで行かせてしまった構成が秀逸であった。まるで、サッカーの開始1分で先制ゴールを奪ったようなインパクトがあった。

ドラマで高橋メアリージュンが扮する「森永桃」は小説では祐子。本人を中心にした場面もある。
茄子田家の長男の慎吾は将棋好き。ドラマの中でちらっと将棋盤が映っていたのは、そのせいか。

などなど、このドラマを数話見てから、本を読むと、いろいろな「へぇ!」があって面白い。

さて、ドラマの第8話。
前回・第7話の冒頭の中谷美紀の台詞にある「夫婦は終わってからが面白い」が、この回でも続いていることがわかる。
子は鎹(かすがい)という言葉があるが、今回は、小説では小さい子だったがドラマでは中学陸上部の麗奈ちゃん(桜田ひより)の熱演に圧倒される。

ドラマの中でしばしば効果的に使われている、エリック・サティのようなピアノをバックに、秀明から逃げ去る麗奈ちゃんのスローモーション。
優柔不断で不器用だったはずの秀明がそれを追いかける。
陸上選手の娘にかなうはずもないのに、追いかける。

江ノ電の列車の音でかき消される叫び。
いちばん泣ける回だった。

P.S.
アパートの部屋の鍵を引き出しにしまうのは、よしましょう。
小説ではそれほど「魔性」ではないが、ドラマでは今回もやってくれちゃいました、綾子さん。

基本情報:「あなたには帰る家がある」第8話

今から観るには:「あなたには帰る家がある」